海外の猫虐待動画から考える文化と価値観の相違の話

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猫虐待動画から考える文化と価値観の相違の話。

動物虐待について

子猫の虐待動画はgato動画と呼ばれている。日本ではスグに捕まってしまうが、海外では結構フリーな印象を受ける。こうした動画は愛護さんにより自分の子供や両親を殺されたようにヒステリックに騒がれる。しかし、これは日本人だけの価値観によるのかもしれないと思った。

海外で野良猫がこんがり焼かれている動画を見た。スモークされていたり、じっくりコトコトされていたりした。日本人は動物虐待とスグに言うが、もしかしたら料理動画かもしれないと思った。スグに虐待と決めつけてしまうのはよくない。彼らの文化や価値観を否定することになるからだ。

海外から見ると日本の文化も虐待に見えているのかもしれない

例えば日本のユーチューバーが魚の捌き方の動画をあげているけど、違う地域では「神聖な魚をさばくなんて野蛮な民族だ」と思われているかもしれない。活き造りは残酷に思われるかもしれない。

残酷かどうかの線引きは「その動物が食材かどうか」である点だと思う。究極的には全ての動物は食材であるが、ここでは狭義に「その民族での一般職であるかどうか」としたい。その考え方で行くと、日本の伝統料理のどぜう鍋・タコの活き造り・シロウオの踊り食い等は民族次第では野蛮だろう。

日本の国技である相撲も海外の反応は冷めているらしい。太った男たちが裸で組み合う格闘技として奇怪に映るだろうし、土俵の女人禁制が男尊女卑と言われている。文化や宗教間の違いはかなり大きい。

海外の食生活と食文化

猫を食べるのは野蛮だろうか。日本ではそうだろう。法律に触れる犯罪かもしれない。しかし、海外ではどうだろうか。ヨーロッパではエスカルゴを食べるのは有名だし、サソリ、ヘビ、イヌ、ワニを食す文化圏もある。

獣肉食の歴史はその動物がその地域に住んでいるかどうかも関係してくる。ペリーが黒船来航した際に刺身料理に手をつけなかったらしい。

宗教によっても食文化は違ってくる。ヒンドゥー教徒は牛肉を食べないし、イスラム教徒は豚肉を食べない。日本の牛丼屋は嫌悪の対象になっていると思う。焼肉屋でホルモン、タン塩、レバー、ハツ等の部位を好んで食べる我々は野蛮だと思われているかもしれない。

海外生活で苦労する点に食生活を挙げる人がいるが、こうした部分での価値観は簡単には変えられないし、ダメな人は一生ダメと言われている。

虐待と地域と教育文化水準

gatoは南米圏の言葉。つまり猫虐待動画は開発途上国が多い。この地域を指して民度(文化水準や教育水準)が低いとも言われているが、日本も戦前・戦中・戦後は同じようなものだから、あまりこの言葉は好きではない。日本との違いは民度が低い時代にスマホがあったかないかだけだと思う。(逆に言うと開発途上国なのにスマホだけは普及していて凄いと思う。)

日本人が猫虐待を見て嫌悪感があるのは道徳教育と法律整備の賜物。だから愛護さんは動画サイトに違法動画だと動画報告するのではなく、その国が道徳教育に力を入れられるだけの支援金を寄付するのが理想だと思った。

まとめ

動物愛護法とはなんぞや。それこそ間違った動物愛誤精神かもしれない。日本人にとって動物愛護法とは猫だが、海外にとってはイルカ・クジラなんだと思う。その感覚は一生わからない。

動物愛護は国・文化・宗教によって違う。インターネットのおかげで国境がなくなったけど、こうした価値観の違いは絶対に相容れない。とりあえず海外の動画を日本で騒ぎ立てるのは止めたほうがいいのではと思った。

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