10代選手が大活躍の卓球界の躍進と影の功労者

最近、日本の卓球界が世界トップレベルになっていると感じる。特に今の日本代表は10代の活躍がものすごい。日本のスポーツは中学や高校の部活動が人材発掘・人材育成の中心だったが、最近では欧州のようなクラブチームという育成組織が人気だ。

しかし卓球界の現状を見てみると、どれにも当てはまらないように感じる。卓球はなぜ円熟期を迎えられているのか。卓球を取り巻く環境や各スポーツの状況を振り返りながら、卓球界活躍の理由を考えてみた。

10代の活躍が著しい卓球業界

平野美宇(ひらの みう)2000年4月14日生まれの17歳
伊藤美誠(いとう みま)2000年10月21日生まれの16歳
張本智和(はりもと ともかず)2003年6月27日生まれの13歳

伊藤美誠、平野美宇、早田ひな、加藤美優、浜本由惟らは女子卓球の黄金世代と呼ばれている。実際に平野選手は2017年6月に開催された第54回世界卓球選手権で個人戦女子シングルス銅メダル獲得(同種目のメダル獲得は48年振り)。

伊藤・早田の女子ダブルスでは銅メダル獲得など名実ともに中国に次ぐ世界No.2の地位を確立した立役者だ。

また2016年10月のワールドカップ(アメリカ)で、リオには出場できなかった平野美宇が史上最年少で優勝。2016年12月のワールドツアー・グランドファイナルでは、早田ひな・浜本由惟が女子ダブルスで優勝と枚挙に暇がない。

18歳以下世界ランキングでトップ5独占という史上最強のヤングJAPANがいま誕生している。

卓球の英才教育を受けている選手

伊藤選手の競技開始年齢は2歳、平野選手は3歳5か月から、張本選手は2歳から始めており、それぞれ卓球歴10年以上のベテラン勢だ。いずれの選手も「天才少女」「スーパー中学生」と呼ばれているが、10年競技を続けていれば、どんな競技でもそれなりの域に達する。

今回挙げている若き選手を「中学生」「高校生」の視点で考えるのは少し間違っている。競技歴10年というのは、中学1年生の13歳から始めた選手が、23歳になるまで卓球を続けたのと同じキャリアになる。莫大な練習量を費やしていると考えるべきだ。

日本には英才教育という文化があるのか疑問に思う人も多いはず。ゆとり教育など平等社会を謳い、運動会で優劣を競わせないで競争文化をなくそうとしている側面もある。しかし日本でも英才教育を施す準備はできている。その際たる組織が東京都にある「エリートアカデミー」という組織だ。

そこで専門競技の英才教育を受けることができるため、全国から神童と呼ばれる少年少女が集まって明日のオリンピックメダリストを目指して切磋琢磨している。そのエリートアカデミーの種目には卓球があり、ジュニア競技者育成事業の中心となっている。

エリートアカデミーの存在

朝日新聞は2014年5月1日にエリートアカデミーに関する特集を組み、競技人口の少ない競技に関してはボランティアに頼った選手育成が中心であるため、中央に選手を集めた強化が欠かせないという競技団体の意見を掲載した。その一方で、競技特性にもよるが、多くは5 - 7年で熟練の域に達するため早期に専門強化を行うと20代で記録が頭打ちになる恐れがあること、小さいうちに修得しなければならない動きの多い水泳や体操競技を除き、小学生のうちはさまざまな競技に触れる方が良いという国立スポーツ科学センター研究員のコメントも紹介している

引用:JOCエリートアカデミー(Wikipedia)

ボランティアに頼った選手育成では、よほどの大天才でない限りメダルを獲得できる選手にまで育つことがない。オーストラリアが国家予算でスポーツを強化して成功した事例(AIS)もあり、日本も国立スポーツ科学センター(通称JISS)や、ナショナルトレーニングセンターなど環境を整備してきた。そうした中で、エリートアカデミーも始まった。

日本オリンピック委員会(JOC)が設置したエリートアカデミーには卓球・レスリング・フェンシング・水泳・ライフル射撃といった選手が在籍。この中でも卓球は最も成功した競技と言え、卓球では平野選手や張本選手が所属している。

しかし、平野選手や張本選手はエリートアカデミーに選ばれた時点で国内トップレベルの成績をすでに残しており、入校前に卓球の才能は開花していると言える。では今の選手はどこで才能を開花させたのか。この疑問にはゴールデンエイジと呼ばれる幼年期にどう過ごしたかが大きく影響されている。

ゴールデンエイジとは

神経系統は生まれてから5歳ごろまでに80%まで成長し、12歳でほぼ100%に達します。この時期は、神経系の発達が著しい年代であり、さまざまな神経回路が形成されます。そして、神経経路は一度できると消えることは滅多にありません。神経が発達し、100%に達するまでの4~12歳までの間に神経回路へ刺激を与え、いろいろな運動をさせることは運動能力の向上に大きく役立ちます。

引用:http://www.kodomo-naraigoto.jp/info/age.html

10代で活躍している選手は例外なくゴールデンエイジと呼ばれる幼稚園や保育園の頃から英才教育を受けている。「プレ・ゴールデンエイジ」と呼ばれる4歳から8歳までの期間に神経回路が80%まで形成され、「ゴールデンエイジ」と呼ばれる12歳までに神経回路の発達はほぼ100%に達する。

このことから「部活動を始める13歳からでは遅い」ということが医学的にも証明されている。これまで日本が世界で勝てないのは身体能力の差も一因だが、幼少期における過ごし方にも理由がある。

どんなスポーツ種目にも瞬発力は求められるが、特に瞬発系競技と呼ばれる卓球、陸上短距離、走り幅跳び等はゴールデンエイジから練習をする影響力が大きいと言える。

陸上短距離や走り幅跳びはメダルはおろか五輪の決勝の舞台にも残れないのは知られているが、卓球だけが世界で通用している。これは各家庭で自宅で英才教育を施していたからだ。

やはり「幼少期から英才教育が出来ているスポーツは世界レベルで活躍できている」のは間違い。

世界で活躍できている競技の共通点

日本において幼少期から英才教育のシステムが確立されているスポーツの代表格はサッカー、野球だろう。特にサッカーはヨーロッパの育成システムを真似て各クラブチームが育成組織をもっており、タレント発掘の役割も担っている。

サッカー後進国だった日本が、1993年のJリーグ開幕から短期間で急成長できたのを疑う人はいない。サッカーの育成組織では小学生年代(ジュニア)から英才教育を受けることが可能となっており、中学生年代(ジュニアユース)と高校生年代(ジュニア)を経て、クラブチーム生え抜き選手として活躍する選手も多い。

サッカーも野球もクラブチームが英才教育の現場を担っているが、卓球の場合はプロクラブの下部組織による育成システムがない。それなのに世界で通用していることに注目したい。

部活動では英才教育は無理

日本は、基本的に小中高、そして大学へと進む学校単位のクラブ活動から優秀な選手が選抜される「学校スポーツシステム」、そして各地域や全国単位で選手を集め、独自のシステムで選手を育成する「クラブチームシステム」が存在する。 日本において、最もオーソドックスなのが、いわゆる部活動・学校スポーツであるが、これは各級学校への進学時に指導が断絶するという欠点があった。この欠点を補う存在として生まれたのがクラブチームである。指導者が、進学等に影響されず、各年齢に見合ったトレーニング方法を課す点で、より“効率的”な選手育成が行えるとされる。前者は教育の一環であり、後者は選手から「クラブ費」を調整することが一般的で、商業的活動の一環であることが根本的な違いだ。

引用:知られざる中国スポーツ(リンク切れ)

どんな名門校・強豪校でも英才教育はできません。学校という教育組織の中でスポーツに特化した人材育成は無理があるのも理由だが、「中学校や高校からでは遅い」というのが一番の理由。もはや中学校や高校の部活動の役割は変化してきている。

エリートアカデミーに所属している選手も全中やインターハイよりも国際試合を優先しており、種目によっては同世代の大会への参加資格がない競技もあるらしい。

確かに世界や日本トップレベルで将来の金メダルを目標にしているのであれば、わざわざレベルの低い大会に出場するメリットは何もない。全国優勝や高校チャンピオンでも同世代No.1ではない競技が今後さらに増えてくる可能性が高い。

中国の英才教育

だが、中国は異なる。中国におけるスポーツ選手は国家が育て、国家のために競技を戦い、その成果は国家に帰することが原則となる。そのために、国家は彼らに基本的な衣食住と豊かな練習環境、指導者を提供する。最終目標はオリンピックであり、そこで金メダルを取って、中国の威光を世界に示すことである。その点については一切異論はない。選手たちがしばしば口にする「祖国争光」という言葉がそれである。 彼らいわゆるスポーツエリートは幼いころに選抜される。ある指導者に聞くと、彼は休日などに公園などを訪れ、遊んでいる子供たちを観察するそうだ。子供たちが跳んだり、走ったりする様子を見れば、その筋肉の使い方で、才能の有無はすぐに分かる。これだという子供を見つければ、保護者とコンタクトをとるのである。 この指導者は一般に地方の「業余体育学校」といわれるスポーツ専門学校のコーチである。「業余」とは「アマチュア」くらいの意味だ。この体育学校、そして体育技術学校と呼ばれる専門学校に入学すれば、彼らはスポーツエリートへの第一歩を踏み出したことになる。以前は、この体育学校は毎日休みなく、運動教育のみが行われていたようだが、現在は、午前中、教科教育を行い、午後から体育(すなわち彼らの専門)の授業というパターンが多い。 そこで優秀な選手は、今度は体育学校を抜け出て、地域ごとに集められ、地域代表選手として指導を受ける。いわゆる省・市代表チームである。そしてさらに優秀な選手が今度は北京に召集され、栄えある「国家チーム」の一員として、超一流のスポーツ英才教育を受ける。オリンピック、世界選手権などに出場できるのは、基本的にはこの国家チームの選手であり、アスリートを志す若者は、一握りのこのグループを目指して、日夜努力するというわけである。 この「体育学校」→「省・市代表」→「国家代表」というピラミッド型の選手育成システムを「三級制度」と呼んでおり、中国のアスリート養成の基本となっている。この三級制度は、何をおいてもオリンピックで金メダルを取るためのものであり、そのための「挙国体制」といえる。そして、このピラミッドに入れない者は、基本的にはアスリートの道から遮断され、スポーツとはほとんど縁のない生活を送ることになる。

引用:知られざる中国スポーツ(リンク切れ)

「英才教育」という意味では中国ほど徹底している国はない。日本はスポーツ少年団や中学校の部活動など若年層のスポーツ人口が広い。どんな運動音痴だろうが入部できるシステムだ。一方で、中国は完全にエリート文化となっている。1億人に一人いる超天才アスリートを発掘させるにはこのシステムが効率が良いのだと思わされる。

中国では卓球は一番人気のスポーツ。必然的に運動神経の高い選手が集まる。中国卓球リーグのトップの年収は億単位と言われており夢もある。日本の少年がプロ野球の大谷翔平や、サッカーの本田圭佑や香川真司に憧れるのと似ている。

中国代表の競争は熾烈を極めている。専門施設で英才教育を受けるために、小さい頃から親元を離れ合宿生活で練習をする。大袈裟な表現でなく、卓球に人生をかけているのだ。根底のモチベーションが違いすぎる。

あまりにも中国代表の壁が厚すぎるため、代表選考から脱落した選手が他国に帰化するケースが増えており問題視されている。中国では代表になれない選手が他国では簡単にナショナルチームになれるほど選手層が厚い。いま卓球の世界は中国の選手が席巻していると言え、唯一の対抗馬が日本なのだ。

野球の英才教育

野球も甲子園という部活動の象徴のような競技だが、実は英才教育システムが整っている競技だと思う。少年野球で小学校低学年から野球を始める選手が多く、リトルリーグ、ボーイズリーグが存在する。中学生になっても学校の部活動には所属せず、地域別のリトルシニア、ボーイズリーグなどクラブチームに所属する選手がほとんど。

ただ野球の場合、成長期での身体的負担も大きいことが問題視されており、特に肘に負担のかかる投手では、小学生の段階で肘が壊れる選手もいる。競技種目によっては幼少期(成長期)での過度なトレーニングが選手を壊してしまうリスクがある。

まとめ

日本スポーツ振興センター(JSC)の強化指定に選ばれているテニスの佐藤久真莉(15歳)も5歳からテニスを始めて競技歴は今年で10年目になる。

世界に通用する選手になるためにはゴールデンエイジと呼ばれる年齢からスポーツや運動をしなければいけない。逆に言うと早い段階から競技に専念しているからこそ15歳前後で世界と渡り合っているとも言える。

女子卓球界を語る上で外せないのが福原愛選手だ。長い間、福原愛選手が女子卓球界をリードしてきた。彼女が脚光を浴びることで女子卓球が普及され、環境も少しずつ整備されてきた。そして多くの少年少女が福原選手に憧れて卓球を始め、いまや黄金世代と呼ばれるようになった。

2020年東京オリンピックでは間違いなく歴代最強のナショナルチームになる。中国が独占しているチャンピオンの称号を日本が奪う準備がようやく揃った。その最大の功労者は国家戦略でも部活動でもなく、それぞれの家庭だった。リビングの卓球台が日本の卓球界を支えた。そう考えながら東京オリンピックを楽しみたい。